最新 心理学事典 「投映法」の解説
とうえいほう
投映法
projective technique
【検査の特徴】 投映法検査は回答が選択肢によって限られておらず,回答者が刺激に対して思いつくままの回答を行なうという意味で,オープンエンド型の性格検査open-ended type testだといえる。精神分析学における防衛機制の一つに投影があるが,これは自分自身がもつ望ましくない特徴を他者に帰属させることである。投映法の場合には,防衛機制における投影とはやや異なり,自分自身の特徴が曖昧な刺激への反応に反映するであろうという仮説に基づいている。これを,投影仮説projective hypothesisとよぶ。なお,自分がもつ特徴が刺激への反応に反映するという意味で,投影法よりも投映法という呼称が用いられることが増えている。投映法検査の利点は,測定の意図が回答者に知られにくいという点にある。また異論はあるものの,質問紙法とは異なる,潜在的な性格を測定する検査手法である。その一方で,投映法の欠点としては,まず検査の実施・解釈に熟練を要するため,実施をするためにはトレーニングが必要だという点が挙げられる。また,同一の検査に対して結果の解釈法が複数存在することがあり,また検査結果の解釈が検査者によってまちまちになることがあることから,検査の信頼性・妥当性が疑問視されることもある。
【20答法twenty statements test(TST)】 比較的単純で実施が容易な投映法の一つ。1954年に,クーンKuhn,M.H.とマクポートランドMcPortland,T.S.によって発表された。そこでは,〝I am …〞ということばが20個呈示され,回答者はそのことばに続いて文章を完成させる。クーンらはこの検査によって,自己態度self-attitudeを測定しようと試みた。たとえば,回答者が属する宗教団体への所属を表わす単語が各回答者の中で何番目に出てくるかを調べることで,各宗教団体への帰属意識を推測することができる。なお日本語の場合には,「わたしは……」ということばに続けて文章の完成を求める形式が一般的である。また,この20答法は簡便な手法であるだけに探索的な検査に用いられることもある。たとえば坂田浩之らは,20答法の刺激部分を「わたしが不思議だと思うのは」と変えることで,女子大学生が日々の生活の中で実際に不思議だと感じている事柄の収集を試みている。さらに坂田らの研究のように,近年ではテキストマイニングという自由記述文に対して適用できる統計処理手法を用いて分析されることも増えている。
【文章完成法sentence completion test(SCT)】 20答法に類似した投映法の一つ。あらかじめ用意した単語や未完成の短文を刺激とし,そこから連想される内容をその刺激の後に続けることで,文章を完成させる検査である。20答法と類似しているが,刺激となる単語や短文が多様である点が異なる。文章完成法のルーツは,1897年にエビングハウスEbbinghaus,H.が未完成の文章を用いて知的統合力を研究したことにまでさかのぼることができるとされる。性格の測定としては,ペインPayne,A.F.が1928年に,テンドラーTendler,A.P.が1930年に行なった研究が最初期の試みである。ペインの研究では,キャリア・ガイダンスにおいて対象者の性格を明らかにするために,SCTが利用された。またテンドラーは「情緒的洞察テスト」として20項目から成る文章完成法を開発した。アメリカでは第2次世界大戦時の徴兵にSCTがスクリーニング検査として利用されたこともあり,1930年代から40年代にかけて多くの研究が行なわれた。現在日本で市販されているSCTは,精研式文章完成法テストである。ほかには,小林哲郎が精研式文章完成法テストに基づき,刺激としての短文の後に回答を記述させ,さらに「が」ということばに続いて一歩深めた内容の文章も答えさせるSCT-Bを考案している。
精研式文章完成法テストは,Part ⅠとPart Ⅱの二つの部分,各30項目で構成されている。両パートの間では,休憩を5分間取ってもかまわない。Part ⅠとPart Ⅱは内容が異なっているわけではなく,内容は均等に分けられており,テスト施行の便宜上,分かれているだけである。項目の例としては,「子どものころ,わたしは」「わたしはよく人から」「家の暮らし(は)」といったものである。各項目への回答について,パーソナリティの要因と決定要因から解釈を行なう。前者には,知的側面,情意的側面,指向的側面,力動的側面が含まれ,後者には身体的要因,家庭的要因,社会的要因が含まれる。SCTの利点は,具体的・現実的な日常の様子を知ることができる点にある。臨床場面での実施に際しては,他の検査とテストバッテリーを組むことが望ましいとされる。
【P-Fスタディpicture-frustration study】 ローゼンツァイクRosenzweig,S.によって,1945年に発表された欲求不満に対する反応を測定するための投映法検査である。ローゼンツァイクはフラストレーション現象を測定するために行動検査,質問紙法,P-Fスタディのような絵画への反応を測定する検査を開発したが,絵画への反応が最もフラストレーションを測定するのに妥当な検査であると判断された。そして改良を加え,現在のP-Fスタディが構成された。
P-Fスタディで用いられる24の場面は,マンガのような線画で表現される。ただし,人物や風景は詳細がわからないよう簡単に描かれており,想像で補うような形式になっている。絵の中には2名の人物が描かれており,葛藤が生じた場面が呈示される。両人物には図1のようにマンガのセリフのような吹き出しが書かれ,そのうち片方にはすでにセリフが記入されている。検査対象者は,もう片方の人物がどのようなセリフを述べるであろうかを想像して回答する。たとえば,レストランの場面で店員が「でもね それはちょっと 言い過ぎじゃ ありませんか」と言っている。その場面を想像し,客がどのようなセリフを言うかを答える。P-Fスタディで得られる反応は,フラストレーションへの反応を意味するアグレッション(攻撃)ということばでよばれる。結果の解釈は,アグレッションの方向と型という二つの軸の組み合わせによって表現される。アグレッションの方向には,欲求不満を起こさせた相手へ向かう他責的extraggression,相手ではなく自分自身へ向かう自責的intraggression,相手へも自分へも向かわない無責的imaggressionという三つがある。またアグレッションの型には,欲求不満が生じた事態にとらわれて解決への意思が弱い障害優位型obstacle-dominance,自分自身を守ろうとする自我防衛型ego-defence,問題解決を図ろうとする要求固執型need-persistenceという三つがある。それぞれのアグレッションの方向性と型が見られた場面およびその組み合わせ部分のパーセンテージを算出し,各反応の多寡によって解釈を行なう。
【TAT(主題統覚検査)】 絵画に対してセリフを入れる検査と違って,空想物語を作らせる検査。英語ではthematic apperception test。TATはマレーMurray,H.A.らが中心となって開発した検査であり,絵画を手がかりとして過去・現在・未来を含めた空想の物語を作らせ,そこから回答者の欲求や性格を推定する投映法の検査である。TATが初めて紹介されたのは1935年のことであるが,1938年にマレーの著書『パーソナリティI・II Explorations in Personality』で紹介されたことから,広く知られるようになった。そして1943年にはマレーによるTATの解説と図版が出版された。海外では,このTATハーバード図版がよく使用されている。日本では,第2次世界大戦後にTATの研究が始まり,複数の研究者が日本語版の図版作りと標準化をめざした。1953年には早稲田大学の戸川行男らが中心となって早大版TATが構成され,名古屋大学の丸井文男らが中心となった名古屋大学版TATも1950年代後半に作られている。絵画の内容を日本人向けにしたものとしては,精研式主題構成検査も知られている。また,児童用であるCAT(children's apperception test)も開発されている。
TATは30枚の図版(図2)と何も描かれていない1枚の空白の図版で構成されている。TATの分析方法は,マレーの欲求-圧力分析法need-press analysisに基づいて行なわれることが多い。欲求needは,行動を引き起こす内的で潜在的な力や準備態勢のことであり,圧力pressとは周囲の環境から与えられる力のことを指す。この欲求と圧力のリストの中で,何が物語の中に反映してくるかを分析し,解釈する。また,この欲求や圧力がどのようなレベル,すなわち現実行動水準であるのか,知覚や期待など前行動水準であるのか,空想水準であるのか,酩酊状態など特殊状態水準であるのかを加味して解釈を行なう。さらに,物語の中に登場する主人公の感情状態や身体感覚,物語の中での解決行動様式,物語の結末,物語の中の生活領域にも注目する。なお,一般の病理的ではない人びとを対象とした研究でTATが用いられる際には,一部の図版を研究者が選定して用いることが多い。たとえば,石谷真一は男子大学生の依存性を測定するために,質問紙調査と同時にTATによる測定も試みている。そこでは,ハーバード版TATの5枚と先行研究で用いられた2枚,そして石谷自身が作成した2枚の計9枚が測定に用いられている。臨床的な解釈を行なう場合には,他の検査とテストバッテリーを組み,それらと合わせて総合的に解釈することが推奨されている。
【ロールシャッハ・テストRorschach test】 より曖昧な図形に対する言語反応を分析の対象とする投映法検査。スイスの精神科医ロールシャッハRorschach,H.によって作成され,1921年に公刊された。ロールシャッハが子どものころ,紙にインクを垂らし,その紙を二つに折りたたんで左右対称の図形にし,その図形が何に見えるのか,思いつくものを言ってみるという遊びが流行っていたようである。たとえば1896年に出版された『Gobolinks or Shadow Pictures』という絵本には,左右対称のインクのシミの作り方や遊び方,実際に作られた絵と解釈の例が掲載されている。ロールシャッハ・テストもこの絵本と同じように,左右対称のインクのシミが描かれた10枚の図版で構成される(図3)。ロールシャッハ・テストにはさまざまな分析システムが考案されている。アメリカでは,1930年代から40年代にかけて,ベックBeck,S.J.やクロッパーKlopfer,B.,ヘルツHertz,M.A.,ラパポートRapaport,C.,ピオトロウスキPiotrowski,C.が,それぞれロールシャッハ検査の標準化とシステム化をめざした。日本では,片口安史がクロッパーの手法に基づいて開発した片口法をはじめ,阪大法,名大法,慶大法などが開発され,それぞれ独自の地位を保っている。1990年代に入ると,エクスナーExner,J.,Jr.が科学的なロールシャッハ・テストの標準化をめざし,包括システムcomprehensive systemやエクスナー法Exner scoring systemとよばれるロールシャッハ・テストの実施・解釈手法を提唱した。この手法は世界中に広がり,ロールシャッハ・テストの標準的方法として認められるに至っている。
ロールシャッハ・テストでは,検査者と対象者が向かい合う対面式と,同一方向を向く並列式,90°の角度で座る直角式の3種類がある。先に述べた各手法によって,推奨される座り方も異なっている。検査の手順としては,大きく2段階に分かれている。各図版に対して見えたものを報告する反応段階と,反応の記号化を行なうために質問を行なう質問段階である。反応段階では,「ここに10枚の図版があります。これを1枚ずつお見せしますので,それが何に見えるか,何のように見えるか,おっしゃってください」といった教示instructionを行なう。対象者から尋ねられたときには,正答がなく,すべては自由に回答してよいことを伝える。質問段階では,10枚の図版を見て得られた回答が,どの部分がどのように見えたのかを尋ねていく。その際には,「これは先ほど……に見えたとおっしゃいましたが,それをもう少し詳しく説明してください」などと教示を行なう。
反応が得られた後に,記号化を行なう。たとえばエクスナー法では,基本カテゴリーとして反応領域,発達水準,反応決定因,ブレンド,組織化活動がある。反応領域とは,回答者が図版のどの部分に反応したかを記号化するものである。図のすべてが用いられているか,多くの回答者によって頻繁に指摘される部分であるか,ほとんど指摘されない部分であるか,白地の部分が反応に用いられたかなどを記号化し,反応数を数えたりパーセンテージを算出したりする。また,反応決定因とは,反応に用いられた視覚・知覚体験がどのような性質のものであるかを記号化したものである。形態,運動,色彩,濃淡材質,濃淡立体など九つある主要カテゴリーと,24のサブカテゴリーのうちどれに当てはまるかを記号化していく。結果を解釈する際には,すべての反応が記号化された一覧表に基づいて行なう。
日本において広く用いられてきたロールシャッハ・テストの手法は片口法であったが,1990年代以降にはエクスナー法も盛んに研究されるようになった。エクスナー法の特徴は,記号化が精密に構成されており,量的な分析との親和性が高い点にある。トレーニングを受けて正確な記号化ができれば,その記号化を基に構造一覧表とよばれる詳細なデータが得られる。また,このように数値化されたデータが手に入り,そのデータの解釈方法が定まっていることから,初学者でも取り組みやすいという利点もある。
その一方で,ロールシャッハ・テストに対して批判的な研究者も少なくない。たとえばウッドWood,J.M.らは,ロールシャッハ・テストに関する研究を詳細にレビューし,ロールシャッハ・テストの妥当性が限られたものであると主張している。
その他,図版ではなく顔写真が刺激材料となる投映法検査として,ソンディSzondi,L.が考案したソンディ・テストSzondi testがある。
【バウムテストBaumtest】 言語的な答えを得るのではなく,絵画そのものを回答とする投映法検査もある。バウムテストはその代表的なものといえるだろう。バウムとはドイツ語で木を意味し,その名のとおり,回答者に樹木を描くことを求める。バウムテストが広く知られるようになったのは,コッホKoch,K.によるところが大きい。コッホは,スイスで用いられていたこの検査を研究,体系化し,1949年に『Der Baumtest』,1952年には英語版を出版した。日本では,1950年代以降にバウムテストを用いた研究が発表されるようになった。たとえば深田尚彦(1958,1959)は,幼児や児童を対象に樹木画を描かせ,その発達的変化を検討している。
バウムテストに必要なものは,A4判の白い用紙と鉛筆のみである。教示は,「実のなる木を(1本)描いてください」というものである。バウムテストの解釈としては,まず空間表象を挙げることができる。これは,画面全体を四つに区切ったときに,右上は能動性,右下は本能や葛藤,左上は受動性,左下は発端や退行を意味するというものである。描画された木の形態的側面については,一谷彊と津田浩一が作成したバウムテスト整理表などを参考にするとよい。バウムテストは現在でも日本でよく使用される検査である。
その他,絵を描く検査としては,一人の人物を用紙に描かせる人物画テストdraw-a-person test(DAP),家屋と樹木と人物の三つの要素を描かせるHTPテストhouse tree person test,自分の家族が何かをしている様子を描かせる動的家族描画法kinetic family drawingsなどがある。 →性格検査 →性格心理学 →力動心理学 →類型学
〔小塩 真司〕
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