力動心理学(読み)りきどうしんりがく(英語表記)dynamic psychology

最新 心理学事典 「力動心理学」の解説

りきどうしんりがく
力動心理学
dynamic psychology

アメリカの心理学者ウッドワースWoodworth,R.S.が,著書『Dynamic psychology』(1918)の中で自らの立場を表わすために使用した用語。動的心理学とも訳される。ウッドワースは心理学における因果関係の研究を,機構mechanismと動機driveの二つの分野に分けた。機構とは,行動についての「いかにhow」を記述する概念を指し,その典型はS-R関係である。一方,機構を作動させるエネルギー源(動機)の所在,性質,目標などの解明は,行動の「なぜwhy」を説明する鍵となり,機構の研究を主眼とする実験心理学とは別種の心理学体系を要請するとして,これを力動心理学とよんだ。その典型が精神分析学であることから,精神分析学の別称とされることもある。また,意識と無意識の力動のみでなく,人間の行動や傾向を支えている生活空間の力学的構造から説明するゲシュタルト心理学のレビンLewin,K.(1935)のパーソナリティの力学説や,要求・圧力・テーマからなる力動性(Murray,H.A.,1938)などを含む個人内部ないし個人と環境との力動的体制によって行動と個人差を説明しようとする立場をも指す。以下では,精神分析学とこれに関連するユング派の人格概念について述べる。

自我心理学における人格】 フロイトFreud,S.が論文「自我とエスDas Ich und das Es」(1923)で述べた自我心理学においては,人格はエスEs(イドid),自我ego,超自我super-egoという三つの審級により構成されている(図1)。エスは人格の欲動的側面を表わしリビドー的・攻撃的エネルギーの貯蔵所である。エスは無意識に存在する無時間,無構造の本能欲動であるが,発生的に見ると,自我も超自我もエスに起源をもつ。すなわち人格の起源はエスにある。他方,親の態度や価値観の内面化である超自我は,幼児期のエディプス葛藤の消滅後に成立する。そしてその間に位置し,エスや超自我との葛藤を調整する審級が自我である。こうして人格の機能は,3審級の力動的な均衡に依拠する。フロイト以降,エリクソンErikson,E.H.はアイデンティティ概念を使用し,ライフサイクルにおける人格の進展を例証した。また超自我については,より発達早期に超自我前駆としてその活動が認められるとの見解がその後多く出された。

対象関係論における人格】 対象関係論object relations theoryでは人格の本体を,子どもが自らに取り入れた母親の表象・機能などの内的対象と自己self(かつては自我という用語が使用された)との力動的関係が展開する内的対象世界の性質に見る。それは無意識的空想unconscious phantasyとして主体に体験されている。現代の対象関係論を確立したクラインKlein,M.は,生後2~3週目に始まる最初の人格の組織化を,妄想-分裂ポジションparanoid-schizoid positionと命名した。妄想-分裂ポジションが生後3~4ヵ月に成立するとともに,やがて再組織化が始まり,離乳をピークとして生後1年ころにはいったん確立される。しかし,その後の人生を通して組織化されつづけるものであることをも示した。この後者の心的態勢を抑うつポジションdepressive positionとよぶ。この発達病理として,人格障害や精神障害を引き起こす特異な人格構造がスタイナーSteiner,J.(1993)によって人格の病理構造体pathological organizationと総称され,人格の倒錯性,嗜癖性,退避性の側面が探究されている。クライン直系のビオンBion,W.R.は,1970年に『精神分析の方法Ⅱ Attention and Interpretation』において真実の認識が人格の進展をもたらすことを提示したが,これは精神分析的探究での今日的主題である。またボウルビィBowlby,J.はクラインの知見を実証研究し,1980年に『母子関係の理論Attachment and Loss』を著わした。なおフェアベーンFairbairn,W.R.D.(今日的にはフェアバーン)は,1952年に『人格の精神分析学Psychoanalytic Studies of Personality』において,対象希求と母親によるその充足との齟齬から人格の分裂が発生し,その結果,人格構造を形成する力動的な過程を内的対象関係から表わした(図2)。この場合,中心自我はフロイトによる自我に,リビドー自我はイドに,内的破壊工作員は超自我の構造に結び付いた対象に対応している。彼の考えは1980年代からのカーンバーグKernberg,O.やマスターソンMasterson,J.F.らによる境界人格障害の人格構造論に大きく寄与した。

【自己心理学における人格】 コフートKohut,H.の自己愛人格障害の研究に端を発した自己心理学self-psychologyでは,ナルシシズムの健全な発達や間主観的な文脈から原初的な自己の発達を重視した人格の発達と構造化の理論を現在構築している。【分析心理学analytical psychology】 分析心理学は,ユングJung,C.G.が切り開いた無意識unconsciousの治癒力,創造性を重視した心理療法とその理論体系である。意識の一面性を無意識が補償すると考え,夢やイメージを通した治癒の可能性を追究する。自伝に「無意識との対決」とあるように,分析心理学では無意識のイメージの自律性を尊重する態度と,意識的態度(自我の能動性)の両者のバランスが重要であることを,彼自身が中年期の心理的危機から回復していく過程を記録した『赤の書』の中で繰り広げた。そして,能動的想像法active imaginationと描画による自己分析体験が治療の要であるとした。ユングによれば,無意識は個人の経験が抑圧・忘却されたもののみでできあがっているのではない。個人の体験には還元できない夢やビジョン,イメージがあり,それらに認められる共通のモチーフが,神話,宗教儀礼,伝承された物語をはじめとするさまざまな文化事象に見いだすことが可能であるとして,これを集合的無意識collective unconsciousと名づけた。動物行動学が示すように,一定刺激特定の行動パターンを解発する現象があるが,人間は可塑性に富むとはいえ,人としての生の基本的体験(母子関係,異性関係,死など)は,生得的なパターンに基づいていると考えられ,この経験を可能にする生得的な枠組みが,理念としての元型archetypeであるとしている。したがって,個人の心的体験は,個人的な歴史によって決定されるだけでなく,集合的な歴史によっても決定されているのである。

 元型そのものは不可知であるが,イメージとして体験されると考えられている。元型のイメージとして,母親・父親・子どもなどの家族に関するものをはじめ,影(それまで生きられなかった側面),ペルソナ(社会適応のために身につける集合的価値),アニマ・アニムス(内なる異性イメージで,異性との現実生活に影響すると同時に,無意識にかかわるときに橋渡しとしての機能があるとされる),セルフ(意識・無意識全体の中心とされ,全体性へ促す)など,いろいろな変種がある。心理療法に現われるイメージを,神話,宗教儀礼,伝承された物語などと関連づけて拡充amplificationする視点(実践的にはクライエントの個人的連想を大切にし,告げるとは限らない)が,心理療法のプロセスを促進すると考えられる。元型的イメージには両極性があり(たとえば,母親の元型的イメージには,包み育てる側面と吞み込む側面がある),静的なものとしてとらえるのではなく,プロセスとして見ていくことが重要である。

 ユングの心理学的類型psychological typesに基づく性格類型は広く知られているが,誤解も多い。心のエネルギーが主体に多く向けられるか,外界へ多く向けられるかという違いを,それぞれ内向introversion,外向extroversionと名づけたが,内向・外向は生得的なものであり,価値概念ではない。周囲の状況を的確につかむことが得意な外向的な人と,内的な基準に合致することを重視する内向的な人は,おのずと反応が異なり(たとえば,前者は素早い反応,後者は慎重でゆっくりした反応),対人関係,所属集団によって評価が異なってくる。所属集団が外向的ならば,内向的人物は問題視される可能性がある。ユングの性格類型は,さらに,思考・感情(判断する機能で,両者は排他的)と感覚・直観(知覚する機能で,両者は排他的)の四つの機能を想定し,生活の中で得意な一つの機能が洗練され,排他的関係にある機能が劣等機能となるとした。思考を優先すれば,感情はなおざりになりがちである。ユングの性格類型は,タイプを静的なものとしてとらえるのではなく,人生の節目において外向的な人は内向が重要な意味をもち,思考タイプの人は感情機能が重要になるというように,ダイナミックなものなのである。 →自我心理学 →人格 →精神分析 →対象関係論 →分析心理学
〔松木 邦裕〕・〔田中 信市〕

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