教皇派陰謀事件(読み)きょうこうはいんぼうじけん(その他表記)Popish Plot

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「教皇派陰謀事件」の意味・わかりやすい解説

教皇派陰謀事件
きょうこうはいんぼうじけん
Popish Plot

1678年イギリスで起ったカトリック教徒陰謀捏造事件。同年9月 T.オーツ治安判事 E.ゴドフレーに打明けたのが発端。内容は,イエズス会士 (教皇派) が,フランス軍の援助のもとにチャールズ2世を暗殺し,カトリック教徒の王弟ジェームズ (2世) を即位させようとの陰謀をたくらんでいるというもの。同月末,ジェームズの秘書 E.コールマンがフランス王聴罪師とかわした秘密文書が押収され,10月ゴドフレーが殺害されたことにより,オーツの話は事実と信じられ,反カトリック・パニックが起って,翌年議会で王位継承排除法案が提出された。 81年までに O.プランケットをはじめ三十数名のカトリック教徒が処刑されたが,のちオーツの捏造と判明した。

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