文珠院跡(読み)もんじゆいんあと

日本歴史地名大系 「文珠院跡」の解説

文珠院跡
もんじゆいんあと

[現在地名]大山田村平田

植木うえき神社の南、赤井あかいにあったが、現在は田地。植木神社の別当寺で、植木山妙雲みよううん寺と称した(三国地志)。古くは平田ひらた東部高仏こうぶつにあったといわれている。「伊水温故」に「殖木山弥勒寺、牛頭天王ノ社内、院号文珠院、天王宮ノ別当、本尊不動、長サ一尺五寸、智証作、上野善福院下」とある。平田の町の西入口に八王子の宮があったが、同社の寛文三年(一六六三)の棟札(植木神社蔵)に「導師権大僧都法印文珠院」とある。末寺富永の新大仏とみながのしんだいぶつひがしノ坊や鳳凰寺ぼおうじ薬師寺のように古い由緒を有する寺院があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む