斉木村(読み)さいきむら

日本歴史地名大系 「斉木村」の解説

斉木村
さいきむら

[現在地名]波賀町斉木

東流する斉木川(引原川支流)流域に位置し、東は有賀ありが村・安賀やすが村。慶長国絵図に村名はみえないが、斉木川上流に「流田村」とあり、現在地内に流田東ながれだひがし・流田西の小字が残る。領主変遷は元和元年(一六一五)まで安賀村と同じ。同年山崎藩領、慶安二年(一六四九)幕府領(「寛文朱印留」など)、文政六年(一八二三)上野館林藩領、天保元年(一八三〇)幕府領となり幕末に至る(「波賀町誌」・旧高旧領取調帳など)正保郷帳斎木さいき村とみえ、田方三九四石余・畠方一四二石余。元禄郷帳では高五七一石余。下村氏手控帳(下村家文書)では記載が欠落している。天保一二年の宗門改帳(波賀町誌)では家数一四八・人数四五七(うち僧一・山伏二)、牛五四・馬五。


斉木村
さいきむら

[現在地名]魚津市佐伯さえき

かど川左岸にあり、北東いで村、西は早月川原はやつきかわら村。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によると草高二六八石・免五ツ二歩、小物成は鮭役四匁(退転)、鮎川役一匁(三箇国高物成帳)。天保一一年(一八四〇)の打銀高も二六八石(「高免帳」杉木家文書)。所属組はさんヶ村と同じ。明治五年(一八七二)の戸数一(新川県戸数表)。当村の佐伯新左衛門の由緒書(「十村由来等六種」加越能文庫)には「斉木村高弐百六拾八石往古より唯今迄、一村不残所持仕、一村一人之百姓ニ而御座候」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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