斎藤求三郎(読み)さいとう きゅうざぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤求三郎」の解説

斎藤求三郎 さいとう-きゅうざぶろう

1819-1876 江戸後期-明治時代の神職,国学者。
文政2年11月14日生まれ。肥後熊本藩士。林桜園(おうえん)の高弟。博識で知られ,その学は皇典から蘭学におよび,師の没後,塾生におしえた。明治9年敬神復古の敬神党にくわわり,10月24日太田黒伴雄らと熊本鎮台をおそい(神風連(じんぷうれん)の乱),戦死。58歳。本姓は森山。名は雅言(まさこと)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む