斐伊中山古墳群(読み)ひいなかやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「斐伊中山古墳群」の解説

斐伊中山古墳群
ひいなかやまこふんぐん

[現在地名]木次町里方

斐伊川と三刀屋みとや川との合流点辺りを見下ろす丘陵上につくられた古墳群。町の公共施設建設計画のため、平成三年(一九九一)一部が調査され、保存されることになった。分布調査によると墳丘の認められるもの一二基、削平地形で墳丘の認められないもの一一地点、古墳の可能性のあるもの四地点などが知られた。これらのうち全面調査された二号墳は、丘陵の高まりを利用した径二〇メートル前後の円墳で、五つの埋葬施設があった。とくに中心の第IV主体は粘土床に割竹形木棺をおき排水施設を備えた入念な構造で、細線式鳥文鏡と鉄器類が副葬されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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