日本大百科全書(ニッポニカ) 「斡脱銭」の意味・わかりやすい解説
斡脱銭
あつだつせん
中国、元朝(1271~1368)で、西域系の色目人(しきもくじん)、ことにウイグル、サラセンの商人よりなる斡脱戸という高利貸し商人組合員が運営した高利貸資本。純粋遊牧民のモンゴルが、中国とイスラム世界を結ぶ銀建ての国際貿易の舞台に進出したとき、上記商人を利用し、彼らに王侯、貴族の官、私の銀を貸し付け、斡脱戸がこの資金を民間に貸し付けて増殖し、出資者に納入奉仕する慣行が生まれた。この制度はチンギス・ハン、憲宗(モンケ・ハン)を経て整えられ、元朝成立とともに斡脱総管府が置かれ、中国でも広く行われた。しかし、貸付け年利息10割でしかも複利計算(羊羔利(ようこうり))という高利は、月利3分、年利10割どまりを常識とする中国の慣行と衝突し、経済の混乱と反感を招いた。
[斯波義信]