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斡脱銭 あつだつせんWo-tuo-qian; Wo-t`o-ch`ien

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

斡脱銭
あつだつせん
Wo-tuo-qian; Wo-t`o-ch`ien

中国,元代に高利貸として活躍したイスラム商人の資本。斡脱はチュルク語で「仲間」を意味するオルタク Ortāqの音写で,本来隊商貿易を営むイスラム (特にソグディアナ地方) 商人の組合仲間をさしたらしいが,13世紀のモンゴル帝国成立後,帝国内に多く入り,帝室,貴族に出資を仰いで高利貸などを行い,これが斡脱の本義となった。羊の繁殖に似た高い利息を羊羔 (ようこう) 利,羊羔児息といい,これが社会問題になったので,憲宗以来中央に官署を設けて統制した。世祖時代には斡脱総管府,それを拡大昇格した泉府司を設けて統制を強化し,仁宗は泉府司を廃止して活動をきびしく制限したが,元末まで存続した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

斡脱銭
あつだつせん

中国、元朝(1271~1368)で、西域系の色目人(しきもくじん)、ことにウイグル、サラセンの商人よりなる斡脱戸という高利貸し商人組合員が運営した高利貸資本。純粋遊牧民のモンゴルが、中国とイスラム世界を結ぶ銀建ての国際貿易の舞台に進出したとき、上記商人を利用し、彼らに王侯、貴族の官、私の銀を貸し付け、斡脱戸がこの資金を民間に貸し付けて増殖し、出資者に納入奉仕する慣行が生まれた。この制度はチンギス・ハン、憲宗(モンケ・ハン)を経て整えられ、元朝成立とともに斡脱総管府が置かれ、中国でも広く行われた。しかし、貸付け年利息10割でしかも複利計算(羊羔利(ようこうり))という高利は、月利3分、年利10割どまりを常識とする中国の慣行と衝突し、経済の混乱と反感を招いた。[斯波義信]

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