斯波義健(読み)しば よしたけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斯波義健」の解説

斯波義健 しば-よしたけ

1435-1452 室町時代武将
永享7年生まれ。斯波義郷(よしさと)の子。父の急死により,2歳で家督をつぎ,越前(えちぜん)・尾張(おわり)・遠江(とおとうみ)守護になる。甲斐常治(かい-つねはる)に後見された。享徳元年9月1日死去。18歳。

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世界大百科事典(旧版)内の斯波義健の言及

【尾張国】より

… 織田氏一族は,早くより実質的な領域支配者としての性格を備え,坂井氏のように斯波氏家臣として同列にあった者までも,自己の被官として組織化していった。1452年(享徳1)の斯波義健の死後,家督をめぐる義敏・義廉の争いは応仁の乱の一因となり,織田氏をはじめ在地勢力の分裂をひきおこした。75年(文明7)ころには越前・遠江を朝倉・今川の両氏に奪われた西軍の将斯波義廉が尾張に下り,織田敏広が守護代となった。…

※「斯波義健」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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