新久田村(読み)あらくだむら

日本歴史地名大系 「新久田村」の解説

新久田村
あらくだむら

[現在地名]古河市新久田

渡良瀬(わたらせ)川と利根川の合流点の北方に位置。かつては南東の広大な松や雑木の林を背に、北西へ向かって御所(ごしよ)沼(昭和二六年干拓完了)に突出した半島状の台地上に開けた村で、中世には奥州への街道が通ったとみえ、北から南へ上宿(かみしゆく)―中宿―下宿と街村形態に家が並ぶ。

村名は「寛文朱印留」や下総国勝鹿郡下川辺庄新久田水帳(古河市郷土資料館蔵)、宝地院様御代古河図写(鷹見安二郎文書)にみえる。宝地院は土井利勝のことで、利勝が古河城主であったのは寛永一〇年―正保元年(一六三三―四四)である。古くから本村(ほむら)坪・大塚(おおつか)坪・新田(しんでん)坪・東新田坪の四区分があり、本村坪は前記の宿並をつくる所で、当村中最も古く開けた集落であったに違いない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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