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土井利勝 どいとしかつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

土井利勝
どいとしかつ

[生]天正1(1573).浜松
[没]正保1(1644).7.10. 江戸
江戸時代初期の老中大老古河藩主。父は水野信元,のちに土井利昌の養子となる。徳川家康の従弟にあたる。幼名,松千代。通称,甚三郎。幼少時から家康に愛され,天正7 (1579) 年7歳で秀忠に仕え,慶長7 (1602) 年下総検見川1万石を領し,同 10年秀忠の家老となり,従五位下大炊頭 (おおいのかみ) に叙任。同 15年佐倉3万 2400石を領し老中となる。秀忠を補佐したばかりでなく,家光にも重用されて権力をふるい幕府の基礎確立に尽力。寛永 10 (33) 年古河 16万石の藩主となり,同 15年 11月江戸幕府最初の大老に任じられた。

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デジタル大辞泉の解説

どい‐としかつ〔どゐ‐〕【土井利勝】

[1573~1644]江戸初期の幕臣。下総(しもうさ)古河(こが)城主。将軍徳川秀忠家光に仕え、老中・大老を歴任

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百科事典マイペディアの解説

土井利勝【どいとしかつ】

江戸初期の老中。下総(しもうさ)古河藩主。出自については徳川家康の落胤とも,水野信元の子ともいうが,《寛永諸家系図伝》は土井利昌の子とする。大炊(おおい)助,大炊頭を称す。
→関連項目東金街道

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土井利勝 どい-としかつ

1573-1644 江戸時代前期の大名。
元亀(げんき)4年3月18日生まれ。徳川家康の家臣土井利昌の子(家康の子,水野信元(のぶもと)の子とも)。徳川秀忠(ひでただ)の側近となり,のち徳川家光にも重用される。慶長15年老中。下総(しもうさ)小見川藩,佐倉藩(千葉県)をへて寛永10年下総古河(こが)藩(茨城県)藩主土井家第1次初代。16万石。15年大老。大炊頭(おおいのかみ)。寛永21年7月10日死去。72歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

土井利勝

没年:正保1.7.10(1644.8.12)
生年:天正1(1573)
江戸前期の幕府年寄。大炊助,大炊頭。系図では徳川家康家臣利昌の子だが,水野信元の子とも家康の子とも伝えられる。幼少時より家康に仕え,秀忠が誕生すると側近として付けられ,200俵を与えられる。慶長5(1600)年の上杉景勝攻め,真田昌幸の上田城攻撃には秀忠に供奉し,使番として諸勢を指揮した。翌年徒頭。7年加増され1万石。15年下総佐倉城主3万2400石。17年4万5000石に加増。この年から秀忠の使者として再三,駿府の家康に遣わされ,国政の機密事項に関与する。19年の大坂冬の陣,翌年の夏の陣の作戦にも参画。そののち6万5200石に加増。家康の死後,朝鮮通信使来聘などを務め,幕府年寄中随一の実力者となった。元和6(1620)年には,利勝に縁組の斡旋を願った大名が数十人もいたという。9年秀忠が将軍を辞して大御所となると,秀忠付きの西ノ丸年寄として依然権勢を維持し,「大炊殿ひとりのように」と称された。寛永2(1625)年9月,14万2000石に加増。7年9月明正天皇即位のときは秀忠の使者を務めた。秀忠死後も年寄を務め,10年4月,1万8000石加増され,下総国古河藩(茨城県古河市)へ転封。15年小事の職務をゆるされ,中風を患ったこともあって,幕政への影響力は減少するが,重要時には会議に出席するなど72歳で死ぬまで幕閣の重鎮であった。<参考文献>山本博文『寛永時代』,藤井譲治『江戸幕府老中制形成過程の研究』

(山本博文)

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世界大百科事典 第2版の解説

どいとしかつ【土井利勝】

1573‐1644(天正1‐正保1)
江戸初期の老中。下総古河藩主。出自については諸説あり,徳川家康の落胤とも,水野信元の子ともいうが,《寛永諸家系図伝》は土井利昌の子とする。大炊助,大炊頭を称した。幼少より秀忠に仕え,関ヶ原の戦では秀忠に従って信濃上田城攻めに従い,1602年(慶長7)下総で1万石を領した。10年,年寄(老中)となり,下総佐倉3万石を領し,翌年佐倉城を築いた。大坂の陣に参陣し戦功をあげた。秀忠の老臣として,家康の信頼も厚く,諸方面で活躍。

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大辞林 第三版の解説

どいとしかつ【土井利勝】

1573~1644) 江戸初期の譜代大名。老中・大老。一説に徳川家康の庶子という。早くから家康に仕え、将軍秀忠・家光の補佐に当たり、家康没後は幕政の中心として、その基礎を固めるのに功があった。下総佐倉三万二千石、次いで古河一六万石を領した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

土井利勝
どいとしかつ
(1573―1644)

江戸初期の譜代(ふだい)大名。老中。徳川家康に仕えた利昌(としまさ)の長子とされるが、家康の庶子とする説が有力で、家康の母の兄水野信元(のぶもと)の子とする説もある。幼時から家康に仕え、1579年(天正7)秀忠(ひでただ)誕生とともに秀忠付きとなり、秀忠の終生にわたって近侍してよく任を果たした。1602年(慶長7)に下総(しもうさ)(千葉県)小見川(おみがわ)で1万石が与えられ、10年加増されて同国佐倉(さくら)(3万2000石余)へ転封、以後しばしば加増あって、25年(寛永2)には14万2000石を領するに至った。この間従(じゅ)五位下、大炊助(おおいのすけ)の叙任を受け、さらに従四位下、侍従(じじゅう)に進んだ。利勝は酒井忠世(ただよ)、大久保忠隣(ただちか)、本多正信(まさのぶ)らとともに秀忠補佐の中心におり、家康の信頼も厚く、徳川政権の基礎を固めるために大きな働きをした。家康、本多正信が相次いで没したのちは元老と称され、秀忠政権を支える中心に位置した。秀忠も利勝邸に赴くなど親近の情が厚かった。家光(いえみつ)の補導にも努めている。秀忠没後、33年下総古河(こが)(茨城県古河市)へ移され16万石を領し、老中の中心にいたが、実務は、家光(いえみつ)子飼いから出頭して老中に登用された松平信綱(のぶつな)らに移っていった。利勝は知者の名が高く、優れた識見を有していたといわれる。[林 亮勝]
『進士慶幹著『酒井忠世と土井利勝』(『江戸幕府 上』所収・1964・人物往来社) ▽鷹見安二郎著『土井利勝』(『大名列伝6』所収・1967・人物往来社)』

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367日誕生日大事典の解説

土井利勝 (どいとしかつ)

生年月日:1573年3月18日
安土桃山時代;江戸時代前期の大名;大老
1644年没

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世界大百科事典内の土井利勝の言及

【佐倉[市]】より

…市域は印旛沼の南岸,鹿島川の低湿地と両総台地にまたがる。江戸時代は江戸城の東を守る要所として重視され,1610年(慶長15)入封した土井利勝が鹿島台に佐倉城を築城,城下町を建設した。その後領主はめまぐるしく代わったが,1746年(延享3)老中堀田正亮が10万石(のち11万石)で入封,以後廃藩まで堀田氏の支配が続く。…

【佐倉藩】より

…譜代大名の入封は07年小笠原吉次(2万8000石)が最初で,以後譜代所領となる。10年老中就任に伴い土井利勝が入封(最初3万2400石,しばしば加増されて14万2000石),佐倉鹿島の地に佐倉城ならびに城下町を大規模に建設した。33年(寛永10)利勝の下総古河(こが)への転封後,石川忠総入封(7万石)。…

【大老】より

…官位は四位少将ないし三位中将で老中よりも高く,老中と同道のときは1,2歩先を歩き,江戸城内では総下座の礼を受けた。 3代将軍家光のとき,1638年(寛永15),酒井忠勝土井利勝が任じられたのが最初とされるが,家康の将軍就任以前では,石川数正,酒井忠次,井伊直政など軍事的に有能な大身の武将が徳川家の宿老として内外から重視されていた。家康が将軍となりその政治的権威が高まると,本多正信・正純父子などの側近が武将派を押さえて家老と呼ばれるようになった。…

【土井氏】より

…清和源氏土岐氏の庶流と伝える。江戸時代,土井氏の祖となる土井利勝の出自には諸説があるが,2代将軍となる徳川秀忠に近侍し,のち老中,大老となった。1602年(慶長7)下総小見川で1万石を得,順次加増されて1633年(寛永10)下総古河(こが)16万石を得た。…

※「土井利勝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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