新子村(読み)あたらしむら

日本歴史地名大系 「新子村」の解説

新子村
あたらしむら

[現在地名]吉野町大字新子

高見(たかみ)川北岸、窪垣内(くぼがいと)村の東にある。慶長郷帳・元和郷帳には、単に「新村」と記す。国栖(くず)郷のうち。慶長郷帳には村高一一二・〇八石、幕府領(代官辻子和泉)。延宝検地で村高一二八・七三一石となった。延宝七年(一六七九)の大和国吉野郡国栖新子村検地帳(新子区有文書)によると、水田はわずかに下々田二畝二四歩のみ、楮畑・漆畑・茶畑が記されている。


新子村
あたらしむら

[現在地名]西吉野村大字西新子(にしあたらし)

夜中(よなか)村の北に立地。古田(ふるた)郷のうち。江戸時代初期は夜中村のうちで、慶安年中(一六四八―五二)分離した(白田村合村願)。村高は一一一・六一石、幕府領。のち延宝検地により村高は一三三・六一石と増えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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