日本歴史地名大系 「新川堀用水」の解説 新川堀用水しんかわぼりようすい 神奈川県:川崎市川崎区小土呂町新川堀用水川崎宿小土呂(こどろ)町の西北、矢向(やこう)村(現幸区・横浜市鶴見区)との境にある矢向沼から引水し、小土呂町・渡田(わたりだ)村・大島(おおしま)村を経て東京湾へ注ぐ悪水堀。矢向沼は鷭(ばん)沼ともいわれ、「風土記稿」には八町九反余とある。沼に近い砂子(いさご)・小土呂両町周辺は、地盤が低い湿地で水腐れを生じ、生産力が乏しかったため慶安三年(一六五〇)関東郡代伊奈忠治が普請奉行となり開削(寛保三年一二月「新川堀用水堀定写」森文書)。文久二年(一八六二)一〇月の東海道川崎宿砂子町小土呂町往還石橋御普請出来形帳(同文書)に用水名がみえる。明治三年(一八七〇)の川崎宿明細帳(同文書)に「自普請所 東海道脇字新川 悪水浚 長千三拾七間 幅三間 壱ケ所 砂子町 新宿町 堀之内村 南河原村 矢向村 市場村 大島村組合」とあり、新川ないし新川堀と通称され、二町五ヵ村の組合で堀浚え、藻払いなどが行われた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by