新救貧法(読み)しんきゅうひんほう(その他表記)New Poor Law Act

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「新救貧法」の意味・わかりやすい解説

新救貧法
しんきゅうひんほう
New Poor Law Act

1834年イギリスで成立した法律。救貧法修正法ともいわれ,1601年の救貧法教区単位に地方自治体に依存していたのに対して,産業革命期の社会問題に対処するために国家統制による画一的な救貧政策の実施を目指した。そのため3人の政府委員任命。救貧の単位として複数教区をまとめた教区連合を設け,そこに選挙による救貧委員会を設置。老人,虚弱者を除いて救貧院外の救済を廃止し院内の救貧基準をも引下げることで,救貧を最小限度にとどめ,さらに定住法をゆるめて,労働能力をもつ者には労働を強制した。新救貧法には激しい反対運動が展開された。 20世紀に入って社会保障制度に取って代られ,1948年「国民扶助法」発布によって完全に廃止された。

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世界大百科事典(旧版)内の新救貧法の言及

【救貧制度】より

… その後,居住制限法(1662),労役場テスト法(1722),ギルバート法(1782)の制定や1795年のスピーナムランド制度の導入など,救貧制度にはいくたの変遷が見られたが,産業革命進展の結果,有能貧民は産業労働者と化し,救貧法の抑圧管理の性格は不要となった。1834年の新救貧法は,チャドウィックらの調査委員会資料に基づいて,有能貧民を締め出し,それへの救済を制限しようとするものである。行政単位は教区連合parish unionに拡大された。…

【救貧法】より

…しかし,このような一見人道主義的改良は労働意欲を低下させ,救貧税負担を増大させる結果となった。1834年改正法は新救貧法とよばれるが,それは貧困を個人の道徳的責任とし,被救済貧民の状態は最低の独立労働者の状態以下にしなければならない(劣等処遇の原則)とした。また,中央に救貧法委員会を置き,教区連合体を指導監督することとしたのも,画期的な改革であった。…

※「新救貧法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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