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新清和院 しんせいわいん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新清和院 しんせいわいん

1779-1846 江戸時代後期,光格天皇の中宮(ちゅうぐう)。
安永8年1月24日生まれ。後桃園天皇の第1皇女。母は盛化門院。安永9年内親王。寛政5年(1793)准三宮(じゅさんぐう)。翌年入内(じゅだい)し,中宮となる。文政3年皇太后となり,天保(てんぽう)12年院号をうけた。和歌にすぐれ,「新清和院御集」がある。弘化(こうか)3年6月20日死去。68歳。幼称は女一宮。名は欣子(よしこ)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

新清和院

没年:弘化3.6.20(1846.8.11)
生年:安永8.1.24(1779.3.11)
江戸後期,光格天皇の皇后。後桃園天皇と女御維子(盛化門院)の第1皇女。幼称は女一宮。諱は欣子。生後9カ月で父天皇が没し,4年後に母皇太后も没したため,祖母の恭礼門院恭礼門院(富子)(桃園天皇女御富子)の許で成長。安永9(1780)年内親王宣下。光格天皇(閑院宮家の王子)が皇位を継ぐに当たって,将来皇后とすることが内約されており,寛政3(1791)年正式に治定。3年後入内して皇后となった。温仁・悦仁両親王を儲けたが,ともに夭折。儲君に定まった仁孝天皇を「実子」とし,同天皇即位後しばらくして皇太后。後桃園天皇唯一の子であるため優遇された。歌をよくし,御集がある。墓所は京都泉涌寺山内の後月輪陵。<参考文献>『皇室制度史料 后妃』2・5巻

(久保貴子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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