新用村(読み)しんにようむら

日本歴史地名大系 「新用村」の解説

新用村
しんにようむら

[現在地名]金津町新用

金津古町の西南羽根馬場はねばんば村の東にある。「越前国名蹟考」は枝村として宮下みやしたを記す。中世は河口かわぐち溝江みぞえ郷に含まれていた。慶長六年(一六〇一)結城秀康から多賀谷三経に宛てた知行宛行状(多賀谷文書)に、三国領として「新開村」(高二二六・三二八石)があり、新用村のことと思われる。正保郷帳によれば田方一八〇石余・畠方四五石余。貞享三年(一六八六)幕府領、元禄一〇年(一六九七)から葛野藩領、その後再び幕府領・福井藩預領となり、文政三年(一八二〇)以降は福井藩領。

当村は十郷じゆうごう用水の支川せき用水井組に所属していたが、江末の村であったため旱魃の被害も度々あり、上流の諸村と番水をめぐる争論が繰返された(吉川家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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