施無畏寺跡(読み)せむいじあと

日本歴史地名大系 「施無畏寺跡」の解説

施無畏寺跡
せむいじあと

京都市北区の大北山(おおきたやま)辺りにあった寺。もと観音寺と称した。「本朝文粋」の兼明親王奏状に

<資料は省略されています>

とあり、観音寺は兼明親王の母淑姫(藤原菅根の女、醍醐天皇更衣)の宿願により、兼明親王が亡母の遺志を継いで建立したことがわかる。またこの奏状は親王が私稲三千束を国衙の正税に加挙し、その利稲を観音寺の「灯分料」「住僧供」に充てることを官に請うたもので、経営・維持に努めていたことがうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む