日下部定好(読み)くさかべ さだよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「日下部定好」の解説

日下部定好 くさかべ-さだよし

1542-1616 織豊-江戸時代前期の武士
天文(てんぶん)11年生まれ。はじめ織田信長の家臣恩賞への不満から,徳川家康につかえる。天正(てんしょう)10年大須賀康高(やすたか)の甲斐(かい)(山梨県)鎮圧にしたがい甲斐奉行となる。慶長5年徳川秀忠の信濃(しなの)(長野県)上田城攻めに際し旗奉行をつとめた。元和(げんな)2年8月30日死去。75歳。初名は吉定。通称は兵右衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む