日之岳城跡(読み)ひのたけじようあと

日本歴史地名大系 「日之岳城跡」の解説

日之岳城跡
ひのたけじようあと

[現在地名]平戸市岩の上町 亀岡

亀岡かめおか(旭岳とも、五二・二メートル)に築かれた近世城跡。慶長四年(一五九九、同八年とも)平戸藩初代藩主松浦鎮信の時代に日之岳城が築かれ、肥前名護屋なごや(現佐賀県鎮西町)用材を一部に用いていたという。あわせて城下の建設や家臣団の屋敷割も進められたが、同一八年この城は早くも焼失したとされる。その時はなお未完成で焼捨てられたとも(セリース日本渡航記)出火で焼失したともいう(平戸オランダ商館の日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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