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平戸城 ひらどじょう

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日本の城がわかる事典の解説

ひらどじょう【平戸城】

長崎県平戸市にあった城。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。平戸島の北部、平戸市街の東部に位置し、平戸港を見下ろし対岸の九州本土を望む平戸瀬戸に突き出た丘陵上にある。最初は安土桃山時代の末期に松浦鎮信(しげのぶ)(法印)によって築かれたが破却され、江戸時代中期になって再建。江戸時代には平戸藩松浦氏の居城であった。再建にあたっては山鹿素行(やまがそこう)の軍学に沿って縄張りがなされた。三方を囲む海を天然の堀とし、丘陵の頭頂部に本丸が築かれ、その南側に二の丸、東側に三の丸が配された梯郭式の平山城(ひらやまじろ)である。松浦鉄道西九州線平戸口駅からバスで高校前下車、徒歩約10分。◇亀岡城(かめおかじょう)、亀甲城、日之嶽城ともいう。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平戸城
ひらどじょう

江戸期の城。長崎県平戸市岩の上町の亀岡(かめおか)公園にある。1599年(慶長4)松浦鎮信(まつらしげのぶ)によって築かれた。これを日之岳(ひのたけ)城というが、鎮信は1608年最愛の嗣子(しし)急死の悲しみのあまり火を放って廃城し、一時白狐山(びゃっこさん)の中腹に中の館(やかた)を築いて居住した。のち1704年(宝永1)棟(たかし)のときに、幕府から新城築城の許可を得て山鹿素行(やまがそこう)とともに縄張りを行い新しく城を築き、これを亀岡城とよんだ。日之岳城も亀岡城もともに平戸城の名でよばれる。亀岡城は平山城(ひらやまじろ)で、山上に本丸、二の丸、海岸に三の丸を置き、松浦氏6万石の城として幕末に至る。1962年(昭和37)天守閣が復原された。[小和田哲男]

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世界大百科事典内の平戸城の言及

【平戸[市]】より

…人口2万5240(1995)。市の中心,平戸島北東端の旧平戸町には1607年(慶長12)亀岡城(平戸城)が築かれ,近世は松浦(まつら)氏の城下町で,天然の良港をもち,古代から中国,朝鮮などとの海上交通の要地であった。主産業は農漁業で,米作を中心にタバコ栽培,平戸牛として知られる肉牛の飼育,養豚などが行われる。…

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