日本歴史地名大系 「日応寺」の解説 日応寺にちおうじ 岡山県:岡山市旧津高郡地区日応寺村日応寺[現在地名]岡山市日応寺勅命山と号し、日蓮宗。本尊は十界大曼荼羅。寺伝によると奈良時代初期の創建で、三論宗に属し、応永山法華経寺と号した。芳賀(はが)村の出身といわれ、いわゆる備前四八ヵ寺の創建で知られる報恩大師は、一五歳のとき当寺に入り、快賢芳賀坊と称したと伝える。その後、桓武天皇の病気平癒を祈って効があり、山号を勅命山と改めたという。平安時代には改宗、天台宗寺院となった(寺伝)。明庵栄西の筑前今津(いまづ)(現福岡市西区)の誓願(せいがん)寺の建立縁起(同寺蔵)には自ら「備前州日応山入唐法師栄西」と記しており、誓願寺へ移る以前、栄西は当寺に住んだことがうかがえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by