早田恒斎(読み)そうだ こうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「早田恒斎」の解説

早田恒斎 そうだ-こうさい

1826-1874 幕末武士
文政9年生まれ。肥前平戸藩(長崎県)藩士広島吉村秋陽陽明学をまなぶ。帰藩して勘定奉行となり,藩政改革をおこなう。維新後,藩の権(ごんの)大参事となる。僧拙巌(せつがん),帯雲につき,詩歌,書画をたしなんだ。明治7年3月5日死去。49歳。通称は治五平,のち恒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む