早田運平(読み)そうだ うんぺい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「早田運平」の解説

早田運平 そうだ-うんぺい

1829-1877 幕末-明治時代の砲術家
文政12年生まれ。肥前佐賀藩諫早(いさはや)領(長崎県)領主諫早氏の家臣。長崎で高島流砲術をおさめ帰郷,士卒の調練銃器の製造にあたる。維新後上京し,大山巌(いわお)の知遇をえて東京芝浜に兵器工場を建設。西南戦争の際,政府の命で弾丸製造に着手しようとしたが明治10年6月病死。49歳。本姓寺田

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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