朝日日本歴史人物事典 「旭山法暘」の解説
旭山法暘
生年:生年不詳
戦国時代の臨済宗の尼。小弓御所足利義明の娘。天文7(1538)年,義明が下総国(千葉県)国府台の戦で敗死したあとに出家したとみられ,鎌倉尼五山第2位の松ケ岡東慶寺に入寺。一旦,扇谷の智岸寺に隠居したが,再び帰住した。寺伝では東慶寺17世住持とされる。姉に太平寺住持で,のちに里見義弘の妻となった青岳がいる。<参考文献>『東慶寺文書』『相州鎌倉松岡過去帳』『鎌倉市史社寺編』,井上禅定『駈込寺東慶寺史』
(牛山佳幸)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報