星野金山跡(読み)ほしのきんざんあと

日本歴史地名大系 「星野金山跡」の解説

星野金山跡
ほしのきんざんあと

仁田原にたばる校区を中心に採掘された金山。弘安二年(一二七九)星野胤実が夢告をうけて小室谷おむろだにの近くで金鉱を見つけたというが(星野家譜)、山の始まりは「豊後の国の金掘り、薩摩へ行くとて熊戸山ノ麓を通るに谷川の砂色を見、此地金ある事をしる(中略)それより此処に留り金掘る事を、公に願ひしと言ふ」とも伝える(文政八年「山土産」)。寛永八年(一六三一)三坂みさかに黄金山正念しようねん寺が開かれたのは当山にかかわるものと考えられ、「石原家記」同二〇年条に「星野金山初而也(中略)人数七八千人」とあり、山師は豊後と久留米の二人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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