春帯町(読み)はるおびちよう

日本歴史地名大系 「春帯町」の解説

春帯町
はるおびちよう

上京区新町通下立売下ル

南北に通る新町しんまち(旧町尻小路)を挟んでほぼ二町の町。平安京の条坊では左京一条三坊二保四町と同二条三坊一保一町の東側と、同一条三坊二保五町と同二条三坊一保八町の西側の地で、平安中期以降は中御門なかみかど大路町尻まちじり小路南北の地。二保四町と五町の地は官衙町の「修理職町」の跡地(拾芥抄)。近世初期、町の東は足利義昭の旧二条にじよう城の地。

「沙石集」に「近来勘解由小路ニ、利生アラタカナル地蔵オワシマシケリ。京中ノ男女市ヲナス」とあるが、中昔京師地図によれば中世、この辺りに腹帯地蔵があり、庶民信仰を集めていた。「坊目誌」は天正一三年(一五八五)京極六角きようごくろつかく(現中京区)の南に移し、明治六年(一八七三)廃されたと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む