春藤武平(読み)シュンドウ ブヘイ

20世紀日本人名事典 「春藤武平」の解説

春藤 武平
シュンドウ ブヘイ

明治〜昭和期の製塩家 内海塩業社長。



生年
明治17(1884)年10月25日

没年
昭和43(1968)年3月11日

出生地
岡山県児島郡八浜村(現・玉野市)

学歴〔年〕
東児高等小学校卒

主な受賞名〔年〕
黄綬褒章〔昭和32年〕,勲五等双光旭日章〔昭和40年〕

経歴
明治32年15歳で製塩業の東野崎支店に入社。以来、製塩の技術革新を志し、正7年台湾に渡って天日製塩法を実習した。帰国後、郷里岡山県の東野崎浜で製塩の改良を試み、工夫と苦心を重ねて昭和6年竹枝による枝条架式濃縮装置考案した。その後も改良に次ぐ改良を加え、19年には枝条架式と斜層貫流式を組み合わせて流下式製塩法を編み出し、その企業化に成功。27年にはこの方法の優位性が日本専売公社に認められ、やがて全国の製塩業者もこれを採用したことにより日本における製塩の効率と生産性が大きく向上した。この間、昭和23年内海塩業取締役社長に就任

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「春藤武平」の解説

春藤武平 しゅんどう-ぶへい

1884-1968 明治-昭和時代の製塩技術者。
明治17年10月25日生まれ。郷里の岡山県児島郡で製塩法の改良につとめ,昭和9年独自の枝条架式濃縮装置を考案。これをもとに流下式製塩法の企業化に成功,生産力の向上と労働量の軽減に寄与した。23年内海塩業社長。昭和43年3月19日死去。83歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android