時雍館跡(読み)じようかんあと

日本歴史地名大系 「時雍館跡」の解説

時雍館跡
じようかんあと

[現在地名]御前山村野口

江戸時代後期に一五校建設された水戸藩の郷校の一つ。弘化元年(一八四四)字内古屋(うちごや)の旧蓮覚(れんかく)寺跡に建設されたが、藩主徳川斉昭の失脚で開館は延期となり、それが実現したのは嘉永三年(一八五〇)二月のことであった。敷地面積は約一・四ヘクタール。

関沢源次衛門の日記(関沢家蔵)の嘉永三年二月の記事には「十四日 曇 学館開ニ付御奉行様三人来 十五日 小雨 学館開ニ付自分惣役人詰ル 十六日 曇 御奉行様其外鈴木様舟ニ而帰リ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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