最仁法親王(読み)さいにんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「最仁法親王」の解説

最仁法親王 さいにんほうしんのう

1231-1295 鎌倉時代,土御門(つちみかど)天皇皇子
寛喜(かんぎ)3年生まれ。寛元元年出家し,尊覚法親王に師事梶井門跡(もんぜき)をつぎ,弘長(こうちょう)3年天台座主に任じられた。永仁(えいにん)3年2月22日死去。65歳。通称は中山宮。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...

冬将軍の用語解説を読む