月橋村(読み)つきはしむら

日本歴史地名大系 「月橋村」の解説

月橋村
つきはしむら

[現在地名]鶴来町月橋町

くらヶ岳(五六五・四メートル)西麓、鶴来村の北に位置し、槻橋とも記す。集落は手取川扇状地の扇頂部東側の鶴来往来に沿って並ぶ。富樫とがし用水が村内を北流する。「白山之記」に白山本宮の中鳥居は「槻橋寺中与公方境立」とみえるが、神官上道家系譜(白山比神社文書)には「剣寺中与富樫堺立惣社ノ南、作道ノ北也」とあり、当地は富樫本庄南端部にあたるとも推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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