もと字木の宮にあり、昭和四九年(一九七四)鹿島市立西部中学校の西側に移された。二基の石祠が安置されているだけで、一基は寛政五年(一七九三)九月に
神社明細帳には「雑社、木宮社。祭神、勿々能知命。由緒、不詳。社殿、石祠」とある。祭神の勿々能知命は、句々迺馳神であろうと考えられ、木神であるところから後世木宮と付会されたのではないかとも考えられる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...