木下八百子(読み)キノシタ ヤオコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「木下八百子」の解説

木下 八百子
キノシタ ヤオコ


職業
女優

本名
木下 徳子

生年月日
明治25年 6月

出身地
東京市 日本橋区浜町(東京都 中央区)

学歴
女子英語学校卒

経歴
明治45年大阪の松竹女優劇、大正2年東京・牛込高等演芸館で川村花菱の試演会「雪」に初舞台伊庭孝の新劇社、秋田雨雀らの第2次新時代劇協会後、4年井上正夫の連鎖劇「塔上の秘密」「不如帰」など浅草・御国座を満員にした。6年小林喜三郎の小林商会に所属。7年新派劇団・現代劇に参加、大阪・弁天座旗揚げ「太陽」。9年神戸・中央劇場の「金色夜叉」などで人気上昇。同11月成美団を旗揚げ。13年木下八百子一座を率い京都座で「鈴ヶ森」。昭和3年大阪・港劇場、楽天地、角座「眼ばかりの男」「大蛇ナンセンス」などで喝采を浴びた。

没年月日
昭和42年 8月29日 (1967年)

伝記
山本有三正伝〈上巻永野 賢 著(発行元 未来社 ’87発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「木下八百子」の解説

木下 八百子
キノシタ ヤオコ

大正・昭和期の女優



生年
明治25(1892)年6月

没年
昭和42(1967)年8月29日

出身地
東京市日本橋区浜町

本名
木下 徳子

学歴〔年〕
女子英語学校(東京・築地)卒

経歴
明治45年大阪の松竹女優劇、大正2年東京・牛込高等演芸館で川村花菱の試演会「雪」に初舞台。伊庭孝の新劇社、秋田雨雀らの第2次新時代劇協会後、4年井上正夫の連鎖劇「塔上の秘密」「不如帰」など浅草・御国座を満員にした。6年小林喜三郎の小林商会に所属。7年新派劇団・現代劇に参加、大阪・弁天座旗揚げ「太陽」。9年神戸・中央劇場の「金色夜叉」などで人気上昇。同11月成美団を旗揚げ。13年木下八百子一座を率い京都座で「鈴ヶ森」。昭和3年大阪・港劇場、楽天地、角座「眼ばかりの男」「大蛇ナンセンス」などで喝采を浴びた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下八百子」の解説

木下八百子 きのした-やおこ

1892-1967 大正-昭和時代前期の舞台女優。
明治25年6月生まれ。大正2年創作試演会の「雪」で新劇女優として初舞台。浅草の御国座,三友館の連鎖劇(「不如帰(ほととぎす)」「呪の蛇」)で人気をえた。のち新派劇団現代劇,新組織成美団で活躍。13年木下八百子一座を結成した。昭和42年8月29日死去。75歳。東京出身。女子英語学校卒。本名は徳子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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