コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

鈴ヶ森 すずがもり

6件 の用語解説(鈴ヶ森の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鈴ヶ森
すずがもり

東京都品川区の第一京浜 (国道 15号線) 沿いにあった江戸時代の刑場の1つ。慶安4 (1651) 年日本橋近くの本町にあった刑場を,北郊の千住小塚原と南郊の鈴ヶ森に分けて設置。天一坊,八百屋お七丸橋忠弥らが処刑された刑場として有名。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

すずがもり【鈴ヶ森】

東京都品川区南大井付近の旧地名。慶安4年(1651)に江戸幕府が設けた刑場跡がある。
歌舞伎狂言「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)」の鈴ヶ森の場が独立したもの。白井権八と幡随院(ばんずいいん)長兵衛との鈴ヶ森での出会いが主題。
浄瑠璃「恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)」の五段目の通称。夫を殺した城木屋お駒が鈴ヶ森で処刑される寸前に赦免されるくだり。
新内節「恋娘昔八丈」の一段。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

鈴ヶ森【すずがもり】

東京都品川区南大井2丁目付近にあった江戸時代の刑場。日本橋本町にあった刑場に代わって1651年新設,千住小塚原(こづかっぱら)の刑場と並び称せられた。ここで丸橋忠弥,八百屋お七などが処刑された。
→関連項目大井町

鈴ヶ森【すずがもり】

歌舞伎劇。初世桜田治助作,1803年初演の《幡随長兵衛精進俎板(ばんずいちょうべえしょうじんまないた)》の一場面が,のち4世鶴屋南北の《浮世柄比翼稲妻(うきよがらひよくのいなずま)》の中で書き改められ,独立して上演されるようになったもの。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル大辞泉プラスの解説

鈴ヶ森

古典落語の演目のひとつ。上方ばなし「崇禅寺馬場」を改作し東京に移したもの。

出典|小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

すずがもり【鈴ヶ森】

◇ 東京都品川区南大井二丁目付近の旧称。小塚原こづかつぱらとともに、江戸時代の刑場として有名。
歌舞伎狂言の一。幡随院長兵衛と白井権八との鈴ヶ森での出会いを描いたもの。浄瑠璃「驪山めぐろ比翼塚」の歌舞伎移入に始まり、歌舞伎では初世桜田治助作の「幡随長兵衛精進俎板しようじんまないた」や、四世鶴屋南北作の「霊験曽我籬かみがき」「浮世柄比翼稲妻うきよづかひよくのいなずま」などが有名。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

鈴ヶ森の関連キーワード東和東野東町東雲町東栄東一条東一条北東三条北東二条東二条北

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

鈴ヶ森の関連情報