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木下利房 きのした としふさ

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美術人名辞典の解説

木下利房

安土桃山・江戸初期の武将。備中国足守城守。家定の次子・小早川秀秋の弟。はじめ豊臣秀吉に仕え、若狭国高浜に三万石を領したが、関ヶ原で西軍に与して所領を没収された。のち大坂の陣での功により備中足守に二万五千石を与えられた。寛永14年(1637)歿、64才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

木下利房 きのした-としふさ

1573-1637 織豊-江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)元年生まれ。木下家定の次男。豊臣秀吉につかえ,若狭(わかさ)(福井県)高浜城主となる。関ケ原の戦いで西軍に属し,所領没収。大坂の陣で徳川家康にしたがい,元和(げんな)元年備中(びっちゅう)(岡山県)の父の遺領をあたえられ,足守(あしもり)藩主木下家第2次初代。2万5000石。寛永14年6月21日死去。65歳。初名は勝義。

出典|講談社
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世界大百科事典内の木下利房の言及

【木下氏】より

…近世大名。豊臣秀吉の生家木下氏と秀吉の妻(高台院)の実家杉原氏流木下氏がある。秀吉の父弥右衛門は織田信秀の足軽で尾張中村の百姓。秀吉は信長に仕え木下藤吉郎と名のるが,出世に伴い1573年(天正1)羽柴氏に,さらに86年豊臣氏に改姓した。杉原氏は定利の女が秀吉の妻(北政所)となり,秀吉の一族として繁栄,北政所の伯父家次は秀吉に仕え丹波福知山城主となった。兄家定は秀吉に近侍し木下姓に改めて播磨姫路城主,関ヶ原の戦後備中足守(あしもり)に移封された。…

※「木下利房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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