木瀬浄阿弥(読み)きせ じょうあみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木瀬浄阿弥」の解説

木瀬浄阿弥(初代) きせ-じょうあみ

?-1618 織豊-江戸時代前期の鏡師
京都の人。北野天満宮に慶長12年作で「天下一鏡屋木瀬浄阿弥」の銘のある鏡がのこっている。慶長末ごろ越前(えちぜん)福井に移住し,子孫が代々名をついだ。8代以降は鏡の研師(とぎし)になったという。元和(げんな)4年9月26日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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