木舟町(読み)きぶねまち

日本歴史地名大系 「木舟町」の解説

木舟町
きぶねまち

[現在地名]高岡市木舟町・川原本町かわらほんまち

守山もりやま町の北に続く両側町。北陸街道に沿い、北は小馬出こんまだし町。正徳二年(一七一二)木舟町切絵図(棚田家蔵)には、西側の弐丁にちよう町と下川原しもかわら町へ通じる小路に木戸が描かれている。本町で、守山町・小馬出町とともに通り筋とおりすじ三町といわれ、大店が軒を並べた。慶長年中(一五九六―一六一五)礪波となみ郡の旧木舟城下(現福岡町)より、善右衛門をはじめ、宗三郎・四郎兵衛・三六・源兵衛など二〇余軒が引越して成立し、町名旧地にちなむとされるが(高岡町由緒聞書)、前田利長に従って守山・富山と転住した商人を中心に町立てされたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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