本多康俊(読み)ほんだ やすとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多康俊」の解説

本多康俊 ほんだ-やすとし

1569-1621 江戸時代前期の大名。
永禄(えいろく)12年生まれ。酒井忠次(ただつぐ)の次男。本多忠次の養子となり,徳川家康につかえる。関ケ原の戦いで功をたて,慶長6年三河(愛知県)西尾城2万石の領主。大坂の陣後,元和(げんな)3年近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)藩主本多家初代。3万石。元和7年2月7日死去。53歳。通称は九十郎,隼人,彦八郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む