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酒井忠次 さかいただつぐ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

酒井忠次
さかいただつぐ

[生]大永7(1527).三河
[没]慶長1(1596).10.28. 京都
安土桃山時代の武将。徳川氏の重臣。忠親の子。幼名は小平次,小五郎。左衛門督,入道して一智と号した。家康に仕え,永禄7 (1564) 年今川氏の武将小原鎮実を吉田城に落して吉田城主となる。

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デジタル大辞泉の解説

さかい‐ただつぐ〔さかゐ‐〕【酒井忠次】

[1527~1596]安土桃山時代の武将。徳川家康に仕え、姉川三方ヶ原長篠などの多くの戦に軍功あり、徳川四天王の一人に数えられた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

酒井忠次 さかい-ただつぐ

1527-1596 戦国-織豊時代の武将。
大永(たいえい)7年生まれ。松平広忠,その子徳川家康につかえる。徳川四天王のひとり。妻の碓井(うすい)姫は家康の叔母(おば)。永禄(えいろく)7年三河(愛知県)吉田城主。姉川,長篠(ながしの),小牧・長久手(ながくて)などの戦いで活躍。政治手腕もすぐれ,石川数正(かずまさ)とともに家康を補佐した。慶長元年10月28日死去。70歳。三河出身。通称は小平次,小五郎,左衛門尉。号は一智。

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朝日日本歴史人物事典の解説

酒井忠次

没年:慶長1.10.28(1596.12.17)
生年:大永7(1527)
戦国・安土桃山時代の武将。酒井左衛門尉系の初代忠親の次男。三河国に生まれる。酒井氏は松平氏の一番古い庶流家で,忠次は松平広忠に仕え,その妹碓井姫を娶る。通称は小平次および小五郎。左衛門尉を称した。徳川家康が幼いころから仕え,今川氏から自立して三河一国を支配した時点で吉田城をまかされ,「東三河の旗頭」と呼ばれ,「西三河の旗頭」石川家成(のち甥の数正)と共に家康の「両家老」といわれた。家康草創期のほとんどに参陣して戦功をあげ,政治的手腕にも優れていた。天正14(1586)年,従四位下・左衛門督に叙任されたが,同16年,家督を子の家次に譲って一智と号し,隠居した。後世,本多忠勝,榊原康政,井伊直政と共に,いわゆる徳川四天王に数えられる。

(小和田哲男)

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世界大百科事典 第2版の解説

さかいただつぐ【酒井忠次】

1527‐96(大永7‐慶長1)
戦国末期から織豊期にかけて徳川家康に仕えた武将。通称小平次または小五郎,左衛門尉(さえもんのじよう)を名のる。父は左衛門尉系酒井氏の忠親。若年より徳川家康に仕え,1563年(永禄6)三河一向一揆等に力戦,64年家康が三河一国を統一したとき吉田城主となり,東三河の諸士の旗頭となる。石川数正とともに家康の左右にあって補佐した。86年(天正14)従四位下左衛門督に叙任,88年致仕した。【所 理喜夫】

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大辞林 第三版の解説

さかいただつぐ【酒井忠次】

1527~1596) 安土桃山時代の武将。忠親の子。徳川四天王の一人。家康幼少の頃から仕え、姉川、長篠、小牧・長久手の戦いで活躍。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

酒井忠次
さかいただつぐ
(1527―1596)

徳川家康の覇業に功績のあった重臣。本多(ほんだ)、井伊(いい)、榊原(さかきばら)とともに徳川四天王の一人。徳川氏と同祖だという名門左衛門尉(さえもんのじょう)酒井氏の嫡流に生まれる。家康より15歳年長の忠次は早くから家康に仕え、家康の駿府(すんぷ)人質時代にも供奉(ぐぶ)して奏者役(そうじゃやく)などを勤めた。家康が三河(愛知県東部)を支配する過程で、西三河は石川家成(いえなり)、東三河は忠次が旗頭に任命され、よくその責を果たした。家康の領域が拡大するとともにその役割も大きくなり、1582年(天正10)武田勝頼(かつより)滅亡後には信濃(しなの)(長野県)経略の責任者となるなど活躍している。86年従(じゅ)四位下、左衛門督(さえもんのかみ)に叙任され、88年62歳で隠居し、一智(いっち)と号した。妻は家康の父松平広忠(ひろただ)の異母妹である。[林 亮勝]

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