本多忠刻(読み)ほんだ ただとき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠刻」の解説

本多忠刻 ほんだ-ただとき

1596-1626 江戸時代前期の大名
慶長元年生まれ。伊勢(いせ)(三重県)桑名藩主本多忠政の長男本多忠勝(ただかつ)の孫。元和(げんな)2年豊臣秀頼(ひでより)の未亡人千姫(せんひめ)と結婚。3年父が播磨(はりま)(兵庫県)姫路にうつされた際,10万石をあたえられ姫路城部屋住み。寛永3年5月7日死去。31歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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