本多忠如(読み)ほんだ ただゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠如」の解説

本多忠如 ほんだ-ただゆき

1712-1773 江戸時代中期の大名
正徳(しょうとく)2年生まれ。大和(やまと)(奈良県)郡山(こおりやま)藩主本多忠直の子。兄忠通の養子となり,享保(きょうほう)6年遠江(とおとうみ)(静岡県)相良(さがら)藩主本多家3代。延享3年陸奥(むつ)泉藩(福島県)藩主本多家初代。1万5000石。江戸で服部南郭らに儒学をまなび,漢詩,書画に長じた。安永2年10月15日死去。62歳。通称は時之助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む