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本多忠盈 ほんだ ただみつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本多忠盈 ほんだ-ただみつ

1732-1767 江戸時代中期の大名。
享保(きょうほう)17年生まれ。信濃(しなの)(長野県)松代(まつしろ)藩主真田信弘の6男。本多忠敞(ただひさ)の養子となり,宝暦9年石見(いわみ)(島根県)浜田藩主本多家2代。在任中に城下の密教・禅宗・浄土宗の9ヵ寺と真宗とのあいだで宗教論争(浜田宗論)がおこり,9ヵ寺側が幕府に直訴するまでに発展した。明和4年閏(うるう)9月16日死去。36歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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