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本多政利 ほんだ まさとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本多政利 ほんだ-まさとし

1641-1707 江戸時代前期の大名。
寛永18年生まれ。本多政勝の次男。父の遺領のうち大和(奈良県)郡山(こおりやま)6万石を分与され,延宝7年播磨(はりま)(兵庫県)明石(あかし)藩6万石藩主となる。天和(てんな)2年苛政を理由に陸奥(むつ)大久保(福島県)1万石にうつされた。元禄(げんろく)6年所領没収となり,大久保藩は12年でたえた。宝永4年12月8日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の本多政利の言及

【明石藩】より

…17世紀後半,明石川上流から取水する林崎掘割りや伊川谷掘割りなどの用水路が開削され,明石川以西の印南野台地一帯に新田開発が進んだ。79年(延宝7)入封の本多政利6万石は82年巡見使通過のさい,領民に苛政を訴えられて陸奥国岩瀬へ転封,代わって松平直明6万石が入封定着する。藩財政が窮乏し1838年(天保9)木綿専売を実施した。…

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出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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