本泉村(読み)もといずみむら

日本歴史地名大系 「本泉村」の解説

本泉村
もといずみむら

[現在地名]三朝町本泉

大瀬おおぜ村の南に位置し、竹田たけだ川を挟み西は今泉いまいずみ村、東はもり村。加茂かも川および竹田川の合流点付近を中心に広がる。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」によれば当村の長右衛門家の裏に井戸があり、昔この井戸から名酒が出たことから泉村と称したと伝え、今も九月九日には井戸に幣を立てるとある。今泉村の成立後、本泉村と称したという。拝領高二八五石余。倉吉組士荒尾氏の給地(給人所付帳)

本泉村
もといずみむら

[現在地名]本渡市本渡町本泉

広瀬ひろせ村の西にあり、南は本戸馬場ほんどばば村。正保郷帳に村名がみえ、高九五石六斗余とある。万治二年(一六五九)石高半減のときには一〇五石四斗余(天草風土考)。御領組に属し、庄屋は倉田家。「国志草稿」に「本和泉村」と記され、竈数一三・男女数一一九とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報