日本歴史地名大系 「真宗寺」の解説
真宗寺
しんしゆうじ
旧
寺蔵の親鸞上人絵伝裏書に「文明二年十月廿八日 摂州住吉郡境北庄山口中町 願主釈道見」とあり、当寺五世道顕(道見)が文明二年(一四七〇)一〇月、本願寺八世蓮如より同絵伝を下付されている。道顕は蓮如の有力門弟で、同年本堂を再建しているが、当時は「山口中町」(北中之町のことか)にあったことがわかる。その落慶法要には蓮如を請じている(本願寺通紀)。蓮如は同年六月には
真宗寺
しんしゆうじ
常盤山真宗寺、西本願寺末。通称大坪真宗寺。国鉄飯山線
寺記によれば、弘安九年(一二八六)常陸国布川の僧行善が高井郡
寛永一三年の移転は、戸狩村の寺地が千曲川洪水に度度水入りとなったため、組頭孫右衛門など連名で寺地を寄進し、証文に「今度とかり真宗寺様、大坪村之内、寺をかと申所に、高の外、新地の所を山屋敷共に三方川きり、肝煎惣百姓より永代真宗寺様へ寄進仕候者也」と記している。
真宗寺
しんしゆうじ
真宗寺
しんしゆうじ
真宗寺
しんしゆうじ
真宗寺
しんしゆうじ
橋立山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。初めは
真宗寺
しんしゆうじ
真宗寺
しんしゆうじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報