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朱耷 シュトウ

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デジタル大辞泉の解説

しゅ‐とう〔‐タフ〕【朱耷】

八大山人(はちだいさんじん)の通称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


しゅとう
(1626―1705)

中国、清(しん)初の画家。本名は朱中桂、一説に朱由(ゆうずい)。朱は通称。八大山人の号で知られるが、その伝記は不明なところも多い。禅僧となり伝綮(でんけい)、刃(とうあん)、雪个(せっこ)(雪個)など、のち還俗(げんぞく)して八大山人と称した。江西省南昌(なんしょう)の人で、明(みん)の王族の出身などと諸説あるが、明の江西藩弋陽(よくよう)王の家系で宗室朱多(たしょう)の4世の孫ともいう。1644年明が滅び、翌年南昌が清軍に占領されると、20歳の朱は奉新県の山中に逃げ、やがて出家し、宏敏和尚(おしょう)の法灯を継ぎ、修行して高僧となり、78年(康煕17)臨川県令胡亦堂に招かれるが、80年(55歳)突然狂疾を発し、還俗し故郷の南昌に帰った。60歳を過ぎてから本格的に画作に専念し、70代に石濤(せきとう)と文通している。水墨の小品に優れ、初め花鳥画に、のち山水画に優品を残した。山水、花鳥、魚などを既成の様式にとらわれない特異な筆致で描き、その鳥魚の目は鋭く、好んで一本足の鳥を描いた。きわめて簡略化した線描で他に類のない画法であるが、市井で人気を得、とくに『安晩帖』(1694)が知られている。[星山晋也]

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