20世紀日本人名事典 「李家隆介」の解説 李家 隆介リノイエ タカスケ 明治・大正期の官僚 静岡県知事;長崎県知事。 生年慶応2年8月(1866年) 没年昭和8(1933)年7月23日 出身地長門国(山口県) 学歴〔年〕帝国大学法科政治科〔明治23年〕卒 経歴長門萩藩典医・李家隆彦の長男に生まれる。明治23年内務省に入り、大分・富山の各県参事官、岡山・神奈川の各県書記官を経て、富山・石川・静岡の各県知事を歴任。大正元年〜6年長崎県知事、同年金鶏間祗候となる。9〜11年下関市長を務めた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「李家隆介」の解説 李家隆介 りのいえ-たかすけ 1866-1933 明治-大正時代の官僚。慶応2年8月生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩医の子。内務省にはいり,富山,石川,静岡,長崎の各県知事を歴任する。大正9年下関市長。昭和8年7月23日死去。68歳。帝国大学卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by