改訂新版 世界大百科事典 「村瀬秀甫」の意味・わかりやすい解説
村瀬秀甫 (むらせしゅうほ)
生没年:1838-86(天保9-明治19)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…幕府の崩壊により家元は禄を離れ,碁界にとっての苦難の道が始まる。
[方円社から日本棋院へ]
明治維新後の新しい波は秀策の弟弟子村瀬秀甫によって起こされた。家元制を否定する組織〈方円社〉は一般社会への碁の普及を図り,雑誌《囲棋新報》(1879‐1924)を発行するなど時流にのって発展した。…
…囲碁の研究会。1879年4月,村瀬秀甫,中川亀三郎,小林鉄次郎が本因坊,林,安井の家元と計って結成した。しかし同年9月,家元が秀甫,中川らを破門して分裂したため,翌80年秀甫が社長となって新興棋院として再発足し,新たに家元と関係なく段位制を施行することを東京府知事に届け出た。…
…秀和の子17世,19世秀栄は明治後半の碁界で不敗の名人とうたわれ,今もその平明な碁風を慕う人が多い。18世秀甫(しゆうほ)(村瀬秀甫)は奔放な碁風で知られるが,1879年方円社を創設し,権門の庇護を離れた碁を,日本中津々浦々まで広めた功績で高く評価される。21世秀哉(しゆうさい)(本因坊秀哉)は最後の世襲本因坊で,その引退をもって本因坊の名跡は,本因坊位継承全日本専門棋士選手権戦(通称本因坊戦)のタイトルとして生まれかわった。…
※「村瀬秀甫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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