日本歴史地名大系 「杭瀬庄」の解説
杭瀬庄
くいせのしよう
市域南東部に所在した庄園。江戸時代の杭瀬村を遺称とする。承徳三年(一〇九九)四月二二日の藤原通俊処分状案(壬生家文書)に「杭瀬嶋領田」とみえ、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
市域南東部に所在した庄園。江戸時代の杭瀬村を遺称とする。承徳三年(一〇九九)四月二二日の藤原通俊処分状案(壬生家文書)に「杭瀬嶋領田」とみえ、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...