東佐古村(読み)ひがしさこむら

日本歴史地名大系 「東佐古村」の解説

東佐古村
ひがしさこむら

[現在地名]野市町東佐古

西佐古村の東にあり、北から東にかけては山で、岩屋いわや川・白岩しろいわ川・堂谷どうがたに川の水を集めたからす川が村の中央を南流。栽培の耕土にはあまり恵まれず、用水乏しい。北方鳥越とりごえ峠を越えると逆川さかかわ(現土佐山田町)に至る。

古代・中世には深淵ふかぶち郷に属し、地頭香宗我部氏の支配下にあった。天正一六年(一五八八)の東深淵郷地検帳には「東佐古村」と明記したものと「佐古村」と記したものがあり、「東佐古村」分と、確実ではないが「佐古村」の中で近世の東佐古村に含まれると推定されるものを合せると、地積三五町二反余、うち屋敷は一七筆で八反余、残りは田と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む