東入部遺跡群(読み)ひがしいるべいせきぐん

日本歴史地名大系 「東入部遺跡群」の解説

東入部遺跡群
ひがしいるべいせきぐん

[現在地名]早良区東入部

早良平野最奥部の舌状丘陵上に広がる。平成二年(一九九〇)から同九年に一二回にわたり調査された。主体は弥生時代早期―中期の集落で、早期―前期初頭の甕棺墓地は第二次六区で出た。第七次四七区・四八区・四九区では前期末―中期前半の単位集団の居住区がほぼ全掘された。一時期の建物の構成は竪穴住居三―四棟ほど、掘立柱建物のうち梁間が一間で桁行が二―四間の高床倉庫が一―二棟、三間×四間の平屋で全体をまとめる中大型建物(床面積三〇―五〇平方メートル)一棟が基本となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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